相手を過剰に疑うことは、心が離れる原因になることがあります。
親しい人や恋人、パートナー、家族・・信頼関係があるものの、自分の心に芽生えた不安感や恐怖心から、相手のことを疑ってしまうことがあるかもしれません。
わたし自身、信頼している人から疑われたこともあるし、信頼している人を疑ってしまったこともあります。
「言っていることは本当なの?」
「他に女性がいるのでは?」
etc
必要以上に相手を疑うことは、関係性をギクシャクしてしまうことも。
何が不安で、何に恐怖心を抱いてしまっているのでしょうか。
疑うことは、心の予防接種
信じることが大事って、よく言われるけど、「信じる」というのは、勇気の必要なときもあるものです。時には、疑うほうが、楽だったりすることも。
信じた結果、良いことだけが起きるならいいけど、好ましくないことが起きた場合・・、期待通りではなかった場合・・、心が深く傷ついてしまう。
だから、無意識に、心が傷つかないように、「疑う」ことで、そっと、心を守ってる。
言わば、疑う=心の予防接種、みたいなもの。
あらかじめ予防接種しておく(疑う)ことで、心のダメージが少なくて済むように、心の傷が深くならないようにしている。
特に、トラウマを抱えてる場合は、疑い深くなってしまうことも・・。
例えば・・
・過去に、相手を信じて裏切られた経験がある。
・自分を信じたけど、思うような結果が得られなくて、自信を失った。
・信じて新しい道を進んだけれど、想像していた未来とは、全く違っていた。
etc
「疑う」のは、傷つきたくないから。また辛い思いをしたくないから。
本当は、信じていたい
「疑う」というのは、よくないこと、悪いことをイメージしているから、疑うことに意識を向けている時間は、楽しくない。つまらない。
一方で、「信じる」というのは、良いこと、理想をイメージしているから、信じることに意識を向けている時間は、楽しい。ワクワクする。
そして、安心感や幸福感は、信じるからこそ、得られるもの。
だから、本当は信じていたいものです。
信じることも、疑うことも、両方あっていい
大切な人だからこそ気になって、心配事や不安が湧き起こるかもしれない。相手のちょっとした変化から、悪い想像、嫌な未来予測をしてしまうこともあるかもしれない。
でも、そのこと自体を悪く思う必要はないし、それはそれで、その気持ちは素直に認めればいい。
そして、相手を大切に思う気持ち、信じていたいという気持ちも、素直に認めて大事にしたらいい。
信じることも疑うことも、両方あっていいし、両方の気持ちを大事にしたらいい。
相手をコントロールしようとしないこと
相手を疑う気持ちがあるとき、心にある不安感や恐怖心をどう扱うか?というのがとても重要になります。
不安感や恐怖心を解消するために、相手の行動や言動を批判したり、相手をコントロールしようとすることは、オススメしません。
感情をぶつけること、その感情を相手に責任をとってもらおうとすることは、お互いの心が離れる原因となりかねません。
相手を変えようとすることは、膨大なエネルギーが必要となるだけでなく、結果どうなるかなんて、わかりません。自分の思い通りに相手が変わることは期待しないほうが良いでしょう。
それよりも、自分の素直な気持ちを知って、認めて、自分の思いを伝えるほうがいい。
相手のことを大切に思っていること、自分が不安に感じている理由、疑ってしまう理由。
感情をぶつけるのではなく、本当の思いを伝えること。素直に。
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