いつも正解を探してしまう人生は悩みが多くなる!正解探しより主体的に選ぶ人生に

人間関係
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「正解は何だろう?」と、いつも正解を探してしまうと、何かを選択するときに迷いやすく、悩みが多くなってしまいます。

正解を選ばないといけない、間違ってはいけない、正しい答えを知りたい、というような「正解意識」というものを、潜在的に心に持っているのです。

いつも答えを探し、正解を探してしまう人生は悩みが多くなってしまいます。正解より主観で選ぶ人生に、ということを、今回は書いていきます。

心から願う人生を歩んでいけますように。(^^)

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なぜ、正解を探してしまうのか?

正解を探してしまうのは、私たちが受けてきた学校教育の影響です。

私たちの学校教育では、一つの答えを探し当てること、正解を出すことにフォーカスされているため、この「正解意識」というのは、誰もが潜在的に持っています。

学校の試験では、正解を探すこと、一つの答えを探し当てることが重要で、それができることが優れている、優秀とされてきました。マルかバツかで判断され、マルが多い方が優秀なのです。

しかし、大人になり、社会人になると、その考えでは生き辛さを感じるようになってきます。

例えば、仕事選び、結婚のパートナー選び、マイホーム選び。そんな時に、「何が正解か?」「正しい答えは?」という考えは通用しない、というか、そもそも考え方そのものが違っているのです。

正解なんてないし、正しい答えなんてないはずです。それなのに、正解を知りたい、という意識が離れずにあるのです。

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正解にこだわる人生

人生には「こうすると正解で、それが人としての究極のゴールだ」みたいな思い込みをもっている人が多くいらっしゃいます。これは老若男女問いません。働き方とかも無関係です。

例えば・・「いい大学に入って、大企業に就職して、長期間働いて、家族をもって死んでいく」というようなゴールを設定して、それに向けてレールを敷き、それに沿って生きていくような考え方です。

「自分にとっての正解はこれだ」「うちの子にとっての正解はこういう生き方だ」というような「正解」を求める考え方です。

確かに「目的」とか「ゴール」とか「正解」があったほうが、それに向かって猛進(盲信)するだけでいいので、楽なんですよね。

正解に近いことは良くて、正解から逸れることは悪。こういう判断基準ができるから楽なのです。

でも、それが強すぎると「正解から逸れている自分はうまくいっていない」とか「この歳で結婚してない人ってどうなの?」といった「傷つける方向性」が生まれてしまいます。差別する原因が生まれてしまいます。自分も他人も。

そして「正解」や「ゴール」から離れることは「悪」であり「おそれ」を生み出す原因になります。

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本当にそうなの?

「あなたはお姉ちゃんなんだから我慢しなさい」とか「トラブルを起こさないようにしなさい」とか、謎のルールを強いられて「正解意識」を洗脳されてきたパターンは、よくみられます。

こような教育(洗脳)を受けて育った人でも、「正解意識」から心を解放し、楽しそうに人生を送る人もいます。

ですので、最終的には、本人自身が「正解意識」を採用するかどうか、という本人の責任となります。

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正解を探すより主体的に生きる

他人の評価を基準にしたり、他人が作ったレールで、正解を探すように生きることよりも、自分が本当は何をしたいのか、どう生きたいのか、主体的に心から望む選択をしていきましょう。

しかし、20代の若い時に、自分がやりたいことを決められる人は少ないかと思います。歳を重ねてからようやく「やりたいこと」が見つかる人もいます。「途中でやりたいこと変わった」という場合もあります。

正解なんてありません。この年齢でないとダメ、という決まりもありません。

大事なのは、自分で選んでいくという主体的な意識と、自分が選んだ道が「良かった」と思えるような毎日にしていくこと。

心から望む選択をしてきましょう(^^)

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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